ヘレンケラー「当時の私は意識を持たない一塊の土くれみたいなものでした」

 

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私は六歳近くまで、自然だとか精神だとか、死だとか神だとかについて、どんな観念ももち合わせておりませんでした。私は文字通り身体で考えていたのです。当時の私の記憶は、例外なしに触覚によるものでした。私の成長過程のこの段階については、新しい学説の光のもとで私が三〇年間を検討に検討を重ねてきたことですから、私の言ってることに間違いはないと確信しています。私は獣のように食物と暖を求めていたのだと言うことを知っています。泣き叫んだことを覚えていますが、その涙の原因となった悲しみのことは覚えていません。私はものを蹴飛ばした記憶がありますが、それを体感として呼び起こしてはじめて、そのとき私が怒っていたことがわかるのです。食べたいものを合図で知らせるときや、母の農場で卵を見つける手伝いをするときは、私はその仕草を真似て知らせました。鮮明ではあっても肉体的なものに過ぎないこれらの記憶の中には、感情や理性的思考のきらめきはひとつとしてありません。当時の私は意識を持たない一塊の土くれみたいなものでした。ところが、それが、いつ、どこで、どのように起きたのか分かりませんが、他人の心が私に強力に影響を与えているのを脳が突然感じ取り、言葉や知識や愛に目覚めるとともに、自然や善悪についての一般的な観念にも目覚めたのです。私は、虚無の世界から人間らしい生活へと、実際救いあげられたのでした。

未來社/ヘレン・ケラー『私の宗教』p.48 「自己の経験と重ねる」